米政府倫理局(U.S. Office of Government Ethics)が2026年5月に公開した財務開示資料によれば、ドナルド・トランプ大統領の資産運用をめぐる新たな倫理問題が浮上した。同局の開示によれば、大統領名義の信託口座では26年第1四半期だけで3600件を超える証券取引が行われ、その総額は少なくとも2億2000万ドル、多ければ7億5000万ドル規模に達するとされる。取引対象には、Nvidia、Microsoft、Amazon、Meta Platformsなど、政権の政策によって業績が左右されうる企業が多数含まれていた。
エヌビディアのジェンスン・フアンCEO(右)はトランプ大統領の中国訪問にも同行している(AP/アフロ)
大統領は頻繁な株取引について特に問題視してはおらず、最近では有名な「くら寿司USA」の株式を取得しているとして、話題になった。ここで重要なのは、「違法かどうか」と「倫理的に適切かどうか」が必ずしも一致しない点である。米国法では、大統領と副大統領は一般の連邦職員に適用される利益相反規制の一部から除外されている。
つまり、大統領が個別株を保有すること自体は直ちに違法ではない。また、近年は連邦最高裁の新たな判例により大統領の在職中の不法行為に関しては、免責特権が大幅に拡張されている。したがって、今回暴露されたような問題については、法的には問題にならないという見方が一般的だ。
だからといって問題がないわけではない。大統領は、関税政策、防衛予算、規制緩和、対中政策などを通じて、企業価値を直接動かしうる立場にある。その人物が同時に当該企業の株主であれば、「政策判断は国益のためか、それとも私益のためか」という疑念が常につきまとう。政策は国益のためであっても、明白なインサイダー取引によって私利を得ているとなれば、倫理的疑念を抱かれることは避けられない。
米国大統領の慣例から外れる
トランプ陣営は、「取引は第三者の資産運用会社による完全裁量であり、大統領本人は個別の売買を知らない」と反論している。これは法的に見て、形式上の弁護としては成立する。だが、専門家の多くは、それでは不十分だと見ている。
なぜなら、大統領自身が「どの企業の株を持っているか」を知っているだけで、無意識に政策判断が影響される可能性があるからである。通常、歴代の大統領はこの問題を避けるため、ブラインド・トラスト(資産内容を本人が把握できない信託)や、広範な投資信託への移行を選んできた。
この問題に関しては、トランプ氏はその慣例から外れている。そのきっかけとなったのは一期目の就任時点であり、通常であれば大統領就任にあたって、家業であるホテル、カジノ産業を売却して公私混同を避けるべきであった。だが、当時のトランプ・オーガニゼーションは、事実上の債務超過状態であり、売却は不可能ということから問題は曖昧なまま放置されたのである。
今回の問題に戻ると、例えば「外形的利益相反」という問題がある。例えば、大統領がある企業の最高経営責任者(CEO)と会談し、その直後にその企業株が上昇すれば、それだけで市場には「政権との近さが利益になる」というシグナルが送られる。そうなれば、企業側は政策への影響力を求めて政権に接近し、政治と市場の境界が曖昧になる。仮に、その会談の予定が組まれた時点で、大統領サイドがその企業の株を安値で仕入れていたら、これは露骨なインサイダー取引になってしまう。
トランプ支持層が離れない理由
今後の焦点は三つある。第一に、議会が追加の説明責任を求めるかどうか。第二に、大統領の資産開示制度そのものの見直しが進むか。第三に、有権者がこの問題をどこまで重視するかである。
支持者にとっては「合法な資産運用」にすぎなくとも、批判者には「公職の私物化」に映る。この認識の分断そのものが、現代アメリカ政治の難しい状況を反映している。
しかしながら、なかなか理解し難いのが、特にトランプ政権のコア支持者の姿勢である。経済的にも、また社会的な名誉という意味でも、個々に深い現状不満を抱えた支持者たちは、大統領の露骨な公私混同をどうして許すのだろうか。少し考えただけで、インサイダー取引にしても、ファミリー企業への利益誘導にしても、もっと怒っても良さそうなものだ。
エプスタイン問題ではあれほど揺れ動き、大統領から離れていった部分もあったのだが、この利益相反の問題では、コア支持者の中には動揺の様子は見えない。長男、次男などを含めたファミリーの行動にも、事業以外の例えば暗号資産「トランプ」立ち上げによる資金獲得になどについても、コア支持者たちは批判しないどころか、礼賛を惜しまない。これは一体どういった心理なのであろうか。
恐らく彼らには、今でも歴代大統領らエスタブリッシュメント達には、「必ず隠された悪の側面」があると信じているのであろう。そして、トランプ氏にはそうした「知的な権力者達の偽善」と戦う正義のヒーロー像を重ねている。また、一期目時点ではそれこそ物理的な資金不足で苦労したことも見てきている。
そのため、二期目になって資金面で一転して自由になったトランプ家の資産状態などには、批判どころか称賛を惜しまない。反対に、議会の調査委員会や官公庁の証券監視などの制度には、「しょせんはエリートの作った偽善」だという疑いの目しか向けないのである。
棄損される市場の健全性
残念であるが、こうした傾向は今回の任期が終わる2029年1月までは様々な動きがありつつ、続くのであろう。問題は、ここまで傷ついたアメリカの証券監視や、政治家への倫理的監視の制度をどう再建するかという問題だ。これは簡単に回復できるものではないが、最終的にアメリカの株式市場と政治の癒着が証明されれば、これを罰するのは投資家ということになる。
現時点では、イーロン・マスク氏率いる「スペースX」の上場を数週間後に控え、さらには巨大AI企業の「オープンAI」と「アンソロピック」の上場も取り沙汰されている。こうした大型上場を成功させて、さらにNY市場が成功を続けるには、やはり世界の投資家からの信頼が必要だ。
政治が倫理に背を向ける中で、仮に投資家の利益が損なわれるようであるのなら、その株式は売られるだけとなろう。自由競争と市場が形成する自由経済というのは、そのシステムの中に強い自浄能力を持っているのであり、当面はこれを信じてゆくしかないと考える。


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