終戦から今年で81年。1945年の終戦前に生まれた現役国会議員の数は、5人にまで減りました。そのひとり、自民党の森山裕前幹事長に平和への思いを聞きました。
■“特攻の地”の防空ごうで生まれ…終戦直後は“非常に厳しい時代”
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鹿児島・鹿屋市。私たちが訪ねたのは自民党の森山前幹事長です。
草木が生い茂る高台。ここはいまから81年前、1945年4月に森山氏が生まれた場所です。
自民党・森山裕前幹事長(81)
「ちょうどここに防空ごうが掘ってあった。いやあ、変わりますね」
太平洋戦争末期。鹿児島はアメリカ軍によって、「沖縄の次の上陸目標地点」になり、激しい空襲を受けました。
森山氏が生まれた日も、対岸の鹿児島市に大規模な空襲が。
――防空ごうの中で生まれた?
自民党・森山裕前幹事長(81)
「そうです、そうです」
自宅の裏の防空ごうで生まれたのだといいます。
自民党・森山前幹事長(81)
「平和がいかに大事であるかは、乳飲み子の頃から体験しているわけです」
◇

日本で最も多くの「特攻隊員」が出撃した地として知られる鹿屋市。さらに、終戦直後の9月4日、およそ2500人の進駐軍が西日本でいち早く上陸した地でもあります。
終戦から間もない頃を「非常に厳しい時代だった」と振り返る森山氏。
自民党・森山裕前幹事長(81)
「いま世界の世相を見ると、非常に危ないところに来ているのではという気がします」
■“戦争経験”国会議員は5人に 先輩議員たちからの“教訓”とは

去年の参議院選挙、今年の衆議院選挙を経て、終戦より前に生まれた国会議員は、終戦時に生後4か月だった森山氏を含め、わずか5人に。国会から「戦争を経験した世代」は姿を消しつつあります。
地元集会で森山氏が語ったのは、徴兵経験のある先輩議員たちが、教訓として残した言葉。
自民党・森山裕前幹事長(81)
「『(戦争を)経験したことのない人たちだけになった時には、本当に気をつけなきゃいけない』。それが我々の大先輩の“遺言”であります」
集会の参加者
「昔の人たちの体験はすごく重要で、語り継いでいくのがいいのかなと思う」
■「敗戦の経験」から政治が忘れてはいけないものは

日本をとりまく安全保障環境が厳しさを増す中、政府は国家安全保障戦略の改定や、防衛力の抜本強化に取り組みます。
こうした中でも、敗戦の経験から、政治が忘れてはいけないものは何か。森山氏が挙げたのは、政治家が多くの人の意見を聞き議論を尽くすこと、そして戦争の愚かさを知る努力を続けることの重要性です。
自民党・森山裕前幹事長(81)
「戦争が一番愚かなことであるというのは、日本の国民こそが一番知っている国民じゃないかと思う。中国との関係も気になっているが…。経済の争いが戦争につながっていかないようにしないとですね」
最終更新日:2026年8月8日 20:15

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