出撃壮行式で、杯を交わす特攻隊員たち。1945年5月18日、鹿児島県・知覧基地/保阪正康氏による朝日文庫『「特攻」と日本人』から/写真は朝日新聞社
戦争に駆り出された若者たちは、最後に誰を思ったのか。国のためでも、英雄になるためでもない。死を前にした多くの学徒兵たちの遺書には、「母」への言葉が残されていた。戦後ベストセラーとなった『きけわだつみのこえ』では十分に語られなかった、その切実な声に耳を澄ませると、戦争が奪ったものの大きさが見えてくる。保阪正康氏が、海軍飛行予備学生の手記や遺族の回想録などをもとに隊員たちの本意を見据えた朝日文庫『「特攻」と日本人』から一部抜粋してお届けする。
* * *
3章 もうひとつの『きけわだつみのこえ』
学徒兵たちはどのように死と向きあったか
戦後社会で青年にもっとも影響を与えた書のひとつに、『きけわだつみのこえ』がある。
この書が刊行されたのは昭和二十四年十月のことであった。刊行元は東大協同組合出版部である。B6判で三百三十頁、初版は五千部であったが店頭に並ぶとたちまちのうちに売り切れたという。それから半世紀以上を経た現在では、二百万部は売れているのではないかといわれているほどだ。現在ではアメリカやヨーロッパの国々にまで翻訳されていて、日本の戦没学生たちの戦争への怒りを示した書ともいわれるほどになっている。
『きけわだつみのこえ』は、東大生の間につくられた編集委員会が編んだものだが、当時メディアなどで遺稿や手記、日記を募集した折りに三百九通の応募作品があったといわれている。そのすべてを掲載するわけにはいかないので、編集委員会が独自の基準で掲載する遺稿を選んだ。こうして七十五編が選ばれた。この七十五編(現在ではある投稿者の遺稿が実は生存者と判明したために削られ七十四編だという)のなかに、特攻隊員だった学徒の遺稿がどのていどあるかは判然としていないのだが、私の見たところ十五編ほどがそうではないかと思われる。
実際にこの書のなかから、しばしば引用されたり、青年に影響を与える表現が含まれている稿として、上原良司(慶應大)、林市造(京都大)、和田稔(東大)などのものが挙げられるが、彼らは特攻隊、ないし特攻要員であった。死を日常の中にかかえこんで生きたこれら学徒兵の遺稿は、その知性、感性、そして人間的な純粋さにおいて戦後の青年たちの心を打ってきた。私自身、青年期にはこうした学徒たちの無念の思いを理解することで、私たちの世代は何を成すことが可能だろうかと考えてきた。それほどの影響力は単に私だけでなく、私の世代には共通のものではないかと考えてきたのである。
母への回帰
特攻隊員たちは、大体が母親、姉妹、あるいは恋人という具合に女性に対しての遺書を書き残すことが多い。それはいかようにも解釈されうるだろう。心理学的にも説明は容易である。やはり昭和二十年一月にルソン島のリンガエン湾で特攻隊員として体当たり攻撃を行った学徒兵海上(うながみ)春雄は、出撃前にメモ帖に鉛筆で「父上様 母上様 元気デ任地ヘ向ヒマス。春雄ハ凡ユル意味デヤハリ学生デシタ」と走り書きして、両親に手わたすよう頼んでいる(これは『きけわだつみのこえ』に収められている)。本書の1章で紹介しているように、林市造も母親へ宛てた手紙を何通も残している。母親に対して、彼らは一様に負い目をもって「死」の世界に入っている。
母親に象徴されているのはいうまでもなく、共同体そのものであり、共同体回帰という意味にもなる。特攻隊員たちは大体が大正十年前後からそれ以後の世代になるが、その出身は農村共同体、あるいは農村共同体そのものを引きずっている都市住民(農村共同体からの離脱者であると同時に、意識の上ではその共同体の道徳規範や倫理観をもっているといっていい)の家庭である。特攻隊員のなかには都市の有閑階層の子弟はほとんどいない点は注目されるべきだが、農村共同体の中に身を置いていただけに、母親とか姉妹、そして故郷の山河などへの心理的な帰依は並み外れている。
彼らは大学や専門学校で、知識や学識を学び、その量と質によっていわば知識人の範疇に入るに至っている。しかし現実に、死を強要される時代には知識や学識を越えてその地肌の部分にふれなければならなかった。母親への回帰は、自らの誕生そのものを否定する意味をもっていた。母親に詫びる、母親に先だって逝くその状況を謝罪する、それもまた反戦、非戦の一種ととれるのではないだろうか。亥角の遺稿はそのことを物語っているように思う。
『きけわだつみのこえ』を編むときに、この遺稿が掲載されなかったのは、母親への詫びが知識や学識の否定につながっているとの判断があったからではないか。母性に支配される学徒兵の遺稿はそれほど強い訴求力をもたないとの判断もあったのではないかと思われるのである。

title「特攻」と日本人 (朝日文庫)author保阪 正康data朝日新聞出版※価格などの情報は、原稿執筆時点のものになるため、最新価格や在庫情報等は、Amazonサイト上でご確認ください。
(保阪正康『「特攻」と日本人』から一部抜粋/本書では特攻隊員が特別攻撃に飛びたつ前にどのような心境だったかをあらわす記録や証言をもとに、十死零生の戦術が生まれた歴史的背景や他国はこの作戦をどう受け止めていたかを紹介。さらには特攻を指揮した指導者たちがどのような戦後を送ったかなど、特攻作戦を多角的に見ながら、戦後生まれの日本人による「犬死に論」でも「英霊論」でもない見方を探っています)
この記事で紹介している本
「特攻」と日本人 (朝日文庫)保阪 正康


コメント